植物のレイヤーと山の波動

あるヒンドゥー教のインド人が、たくさんの山の写真をパソコンで見せてくれた。彼は山を指して「マリア、マリア」と言う。ヒンドゥー教なのにマリア?と思った。彼は「hiMARiyA (ヒマラヤ)」と言っていたのだった。

マリア…たしかに、そうかも。荒々しい山の姿。でも山に入ると、感じられるものが違ってくる。


ゼーハーしながら登山中は、咲いている花にも目が留まらない。

すっきり汗をかいて下山時には、気が付く小さな花々。

感じられる木々のレイヤー美。このレイヤーは山の波動を生み出している。

空をみあげると、空間と枝のレイヤー。

木々は、お互い交信しながら、光を分かつように広がる。新緑のころは、よく観じられる。地をみると時間と高低のレイヤー。

様々なエネルギーのレイヤーを芸術、と見るとき、空間は時間軸上で一になる。さらに時間軸をに感じることができるなら、(魂の状態により)高度なインスピレーションも得るのだろうけど、時間は一直線だという概念が集合意識においても強く、障壁になっている。時空を超えるってまさに、ここはどこ、わたしは誰、って見当識障害…。

これは死生観に関連していて、個人の死生観が変われば世界はおそらく激変する。それはまた今後。

知識がなくても、いのちはすべてを知っているから、おまかせ。まかせている宇宙の呼吸と「わたし」の呼吸が調和していれば、いまここは最善のタイミングで起こっているはず。

人は相対性のなか。曲がってまっすぐを分かり、動いて真中を知る。真中のチョンは躍動しているぞー、

相対性意識のない植物や全体性としての山から、得るヒントはたくさん。

mandala-life みたまのちからをひらく

http://mandala-life.net 調和の暮らし 雲のように、時と場と、映す人によって変幻自在。

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