フリーエネルギーという仮説の意義

物質、人も、エネルギーの媒体。

人の知識は物質、智慧はエネルギー。だから智慧がなくては動かない。

飯島秀行さんがそのようなことを書いていました。

飯島さんとフリーエネルギーがセットで出てくるのだけど、モノはあくまで伝達ツールで、モノのよしあしの批評で、当人が真に証明したかったことは何か?を問われなくなのは残念なので記しています。

枝葉同士を繋ぎ合わせようとしてもつながりません。つながる場所は大地です。フリーエネルギー装置と、宇宙の法では天地の違いがあります。

枝葉の様子だけみて花を咲かせようとしたり、人が方便から方便を説いてきたためか、真理(宇宙のしくみ)をさとることが難しくなっている世の中では、自然界からダイレクトに真理を得たほうがいい。

間違いのない自然法則が先で、科学的なことは後付け。

智慧はエネルギー。言葉のとらえ方で次元が違う。

私的には意識によって獲得していく気づきを智慧といっている。

物質は崩壊、人は老化していくけれど、還元操作によってコントロールすることもできる。ただし宇宙法則(カタ)は不変、位置順や組み合わせは変更可能。

さて、どこまで還元操作したいでしょう。

人の欲求も無限。気がすむまで続くのが気の法則。

なにをしてもいいけど、返ってくる現実に文句を言わないこと。出したものが返ってくる。


宇宙法則がわかると徳なのは、気持ちの余裕が無限大になること。

発酵活性、自在変化

一歩引いたほうがウワテで大風呂敷

統まるたまは無限大

鏡に映した陽で闇を迎え

天地をつらぬく剣を伝い

多次元同時に行脚する

すべてとつながる場所すなわち

大海原の真中で大笑い


ギャップが生じ、方向性を持つと、エネルギーが動き出す。

人の方向性は、感情意思意識欲求。

拮抗するエネルギーの中和状態は不動で見えなくなり、無(死)といわれる。モノはゆらいでいるから見えるんです。

理想(目的)と現実には天地のギャップがあり、世界観が広いほど、自らの力を出したいほどギャップの大きさを選んでしまう時、それがわかっていればチャレンジ、わかっていなければ苦しみとなります。

お金で目的を得てしまったら、エネルギーが出ないうちにまた次の目的を探さなければならない。すぐ手に入ると、また次。。。お金で手に入らないものを求めたほうがいいですね。

曼荼羅 ∞ みたまのちからをひらく

http://mandala-life.net 揺らぎのロスジェネ世代。草花樹を味方に、創造的な暮らし。

0コメント

  • 1000 / 1000