残像かリアルか? 残像は破壊できる

4月16日の朝

布団のなか うとうとしていると、

Catch the REAL

というフレーズが飛び込んできた。

ここしばらく「我々は残像を認識して生きている」ということがずっと頭にあった。

受信する情報の多くは過去のこと、太陽の光だって8分前、現実は少し先をいっている。

いや単純に、時差の問題ではない。

わたしたちは、記憶や動いているものの痕跡をベースに思考している。

Catch the REALって、なんだかなー。

徒歩で買い物の帰り、いつも気になっていた竹細工

店(と看板がある)の前を通ると、建物の中を片づけている男性が

ふたり。

「職人さんいらっしゃいますか?」

と声をかけると、

「父が亡くなったんで片づけてるんです」

息子さんなのか。少し話を聞きたい。

「自分は竹細工は教えてもらってないです」と。

市内および近郊で唯一、電話帳に竹細工店として載っているところだった。

この「現実」との出会い。すでに残念なことになっていた、しかし時代が変わった合図のように思えた私のリアリティ。

認識される現実と、認識していない現実。

私たちは、それぞれの認識によって現実を真実に変換する。

真実をリアルと感じている。

残像は、破壊してもなんともない。

ただし自身は残像じゃないから破壊できないよね。

破壊、砕く、解放、解き放つこと。

それは、自由なかけらになることだった。

自由、パフォーマンスが最大になる状態。

再び結合しようとするとき、何によって結合しようかを選択できる。

だから、歌うように踊るように躍動する。

破壊と再生を繰り返すことで、バージョンアップを続けながら。

竹扇子 つくってみたら けっこう良かった

ワークショップもやりますよ

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曼荼羅 ∞ みたまのちからをひらく

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