百匹目のサルの真実 臨界を超えた分岐(革新)

興味深い現象に、百匹目のサル現象というものがありました。

これには別の真実があるかも?

百匹目のサル現象とは

『「ある行動、考えなどが、ある一定数を超えると、これが接触のない同類の仲間にも伝播する」という、実際には存在しない現象を指す。』wikipedia

存在しない現象・・・つまり類似科学の域

しかし

集合的無意識『人の行動を支配することの多い無意識の力のうち,本能的傾向ならびに祖先の経験した行動様式や考え方が遺伝的に受継がれてきたものをさす。』ブリタニカ国際大百科事典

というのはあるだろうと思えます。


百匹目のサル現象は、なぜ「サル」なのか?

サルは学習できる。そこにポイントがあるのでは?

科学でいう「分岐」

個体であれ集合体であれ、内部がある一定の状態に達すると「準備が整った状態」となり、そこに外部からのちょっとした刺激が加えられると一斉に事態が進展し、新しい状態になる。

これを「分岐がおこる」というのだそうです。

※2007年初版の書籍を参照したのですが検索してみると「分岐」という言葉はあまり出てこない。。。が意味は分かります。

集合的無意識によってサルはどこにいてもサルらしい行動をとります。サルは学習し、環境変化などに適応します。環境条件やタイミングがそろえば、あたかも一斉に新しいことをやり始めたように見えます。

人間もそのような現象を起こします。


自然界の分岐の例

種子を包んだ殻がぱっとはじけて種が飛び散る。小さな力だけでは、種は飛び散らない。ようは「限界を超えた」状態


人体・精神系

ある信号によって一斉に遺伝子がオンになる。

神一塵の仕組み(日月神示に出てくる)で世界がひっくり返る。


脳・智系

専門性は深くなくとも、横に広がる智の集合は、ときに革新を起こすアイデアとなる。


!半端者の出番ですよー! 

多様性をマツリアワセ纏りあわせていくと…

いろいろやってきた半端者は、地味だし生きづらさも感じる…しかしコツコツと積み上げていくと、多面的な想像力で道を開き、世界もはっきり見えてきて、できることも増えていって、面白くなっていくものですねー。

そんな人が増えれば社会も面白くなっていくでしょうね。


専門性は分断しますが、それだけだと分断的社会にしてしまいます。専門家は発見開発しますが、半端者は応用活用します。

両者で生産性を上げるために、余剰の分配をリクエスト。

余剰というのは、能力・智も含まれると思います。

行動には情報が必要。

もっと重要なのは「欲求・動機」

ときに、いのちの欲求は硬直した科学を突き抜けて、新たな世界を開くので。


曼荼羅 ∞ みたまのちからをひらく

manda―本質・真髄、la―得る mandalaは真理を得るという意味。 拠点は"http://mandala-life.net"自己と社会と地球を健やかにしていく道中の旅人。

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